パス専属メンバープロフィール -Pass exclusive member profile-
![]() 1980年1月24日 兵庫県生まれ ヴィッセル神戸 ブログ |
朴 康造 ヴィッセル神戸 |
| 小学3年生でサッカーを始め、尼崎朝鮮初中級学校でプレー。高校は名門 滝川第二高校に入学。2年生より兵庫県選抜となり、加地亮(ガンバ大阪)や播戸竜ニ(セレッソ大阪)らとプレー。また、単独チームとしては背番号10としてインターハイ・全日本ユース選手権・全国高校サッカー選手権に出場。1998年、京都パープルサンガ(現京都サンガF.C.)に入団するが、2シーズンを過ごして1試合の出場に留まる。2000年に韓国の強豪 城南一和に移籍し、持ち前のパスワークと群を抜く運動量を武器にレギュラーポジションを獲得。その活躍が当時の韓国代表監督ホ・ジョンムの目に留まり、2000年5月28日にソウルで行なわれたユーゴスラビア代表との親善試合でA代表デビュー。その後、エジプト戦では初ゴールを挙げ、チームを勝利に導く。 2001年と2002年のKリーグでは、城南一和の連覇に貢献。JリーグからKリーグへの移籍、在日韓国人のKリーグ入団・韓国代表入りはいずれも韓国サッカー史上初のことであった。2003年から生まれ育った神戸に戻り、ヴィッセル神戸でプレー。その高いプロ意識と献身的なプレーでチームに貢献。今シーズンは上位進出への更なる活躍が期待される。 |
![]() 1976年5月4日 兵庫県生まれ 横浜F・マリノス |
波戸 康広 |
| 小学1年生の時にサッカーを始め、県大会で優勝、中学でも準優勝を経験。兵庫県内の強豪滝川第二高校へ進学。主にFWとして1年生の時からレギュラーとなる。3年連続で全国高等学校総合体育大会に出場。3年生の時にはキャプテンとして全国高校サッカー選手権大会にも出場を果たすが、2回戦で敗退。高校卒業後は、横浜フリューゲルスに入団。FWからウィングバックに転向。1998年にレギュラーに定着するも、横浜フリューゲルスと横浜マリノスの合併が決定。その年の天皇杯の優勝に貢献し、最後のフリューゲルスのメンバーとしてプレーした。1999年は合併した横浜マリノス(現横浜F・マリノス)に加入、ストッパーにコンバート。11月にはA代表候補に初選出されたが怪我のために辞退した。2000年は完全にレギュラーに定着し、1stステージ優勝に貢献。2001年の4月のスペイン戦にて初A代表。以降、A代表の右サイドに定着した。2002年の腰椎捻挫が元で腰痛がたびたび再発。代表復帰へのインパクト、確実な出場を求めて2004年4月に柏レイソルへ移籍し、中心選手としてチームに貢献。2006年より大宮アルディージャへ移籍、ディフェンスの中心プレーヤーとして活躍。2010年より横浜F・マリノスへ移籍し、2011年に引退した。(株)選手の一言代表。 |
![]() 1955年4月5日 大阪府生まれ |
山野 孝義 |
| Jリーグ始動以前、日本サッカー界を背負って立つ選手のひとりとして常に第一線で活躍。現役引退後も指導者として後進の育成にあたり常にサッカーとともに人生を歩んでいる。解説者として、テレビ・ラジオで本音タップリ気合十分の解説で好評を得るほか、ジーコサッカースクールにて学んだ指導法を活かして、選手だけでなく指導員の育成も行っている。1999年より長崎国見高校のコーチを務める傍ら、2001年には、東京ヴェルディコーチにも就任。2003年8月、国見高校インターハイ優勝後コーチを退任。現在はサッカー解説者として専任している。 |
![]() 1973年12月25日 岩手県生まれ |
増田 忠俊 |
| 鹿島時代はドリブルや二列目からの飛び出し等、チャンスメーカーとして活躍。数多くのタイトル獲得に貢献した。また1998年には日本代表に選出され、2月19日のオーストラリア戦で代表デビューを飾った。その後も華麗なドリブルを武器に複数のクラブでMFとして活躍する。2006年に大分トリニータに所属したのを最後に、同年11月20日に現役引退を表明。その後は大分に留まり、2007年3月から2009年9月までHOYO Atletico ELAN大分の監督を務める。現在は本人主催のサッカースクールコーチ、CSのサッカー中継解説者等を務めている。 |




