パス専属メンバープロフィール -Pass exclusive member profile-
![]() 1960年10月26日 千葉県生まれ |
関塚 隆 日本代表コーチ/U-23(ロンドンオリンピック)日本代表監督 |
| 千葉県立八千代高等学校から、早稲田大学教育学部に進学。卒業後、JSL1部に昇格したばかりの本田技研工業(現Honda FC)に進み、チーム隆盛の礎を築いた。1年目の1984年シーズンに得点ランキング2位となり、新人王・ベストイレブンのタイトルを獲得した。1991年に現役を引退し、指導者へと転身。母校の早大蹴球部監督を経て、1993年に鹿島アントラーズにコーチとして招かれる。その後1995年に清水エスパルスに籍を移すが、翌年鹿島に復帰。ジーコ、ジョアン・カルロス、トニーニョ・セレーゾといったブラジル人指導者の下で学び、1998年、1999年には監督代行も務めた。2004年に当時J2の川崎フロンターレの監督に就任。J2リーグ史上に残る圧倒的な独走劇でチームをJ1昇格に導くと、翌2005年もシーズン終盤まで上位争いに食い込み、2006年には2位になるなどの結果を残し、2008年シーズン中の4月に辞任した。2009年より川崎フロンターレの監督に復帰。2010年9月には日本代表コーチに選任され、U-21(現U-23)日本代表監督にも就任した。 |
![]() 1969年1月29日 ブラジル生まれ |
呂比須ワグナー 元日本代表 |
| 15歳でブラジルの名門サンパウロFCに入団。翌年プロ契約を結ぶ。ジュベニール(16歳~17歳)のブラジル代表にも選出された。サンパウロFCの大先輩であるオスカー(元京都パープルサンガ監督)の誘いがあり、日本でプレーすることを決意。18歳で日産自動車サッカー部(現横浜F・マリノス)に所属し、加茂監督のアドバイスを受け、日本でのプレースタイルを確立。日産で3年間プレーした後、日立(現柏レイソル)-本田-ベルマーレ平塚(現湘南ベルマーレ)-名古屋グランパスエイト(現名古屋グランパス)-FC東京に在籍し、アビスパ福岡で選手生活を終えた。その間、得点王4回、ベストイレブン4回、天皇杯優勝(1999年)のタイトルを獲得。1997年に日本国籍を取得し日本代表へも選出される。現在はブラジルに滞在し指導理論とマネジメントを勉強し、また日本サッカーの普及活動に努めるため、日本-ブラジル間を往復している。 |
![]() 1957年4月26日 ドイツ生まれ |
ゲルト エンゲルス モザンビーク代表監督 |
| ドイツ・デューレン99ユースチームで活躍し、U-18ドイツ代表に選出される。1975年よりブンデスリーガの強豪ボルシア・メンヘングランドバッハで3シーズンプレー。その後、地域のリーグでプレーしながら、ケルン体育大学で体育学を専攻し、大学体育教員資格を取得。 1990年に来日し、アセノスポーツクラブでプレーイングマネージャーを務め、1991年に高校サッカーの名門・滝川第二高校でコーチを務める。1993年のJリーグ開幕より横浜フリューゲルスのコーチを務め、1998年のシーズン途中に監督に就任し、天皇杯を制覇。その実績が評価され、1999年はジェフユナイテッド市原(現ジェフユナイテッド千葉)、2000年途中からは京都パープルサンガ(現京都サンガF.C.)の監督に就任。2001年はJ2を制覇し、翌年にはJ1で年間成績5位と躍進させる。続く天皇杯では、決勝で鹿島アントラーズを撃破し、監督として2度目の天皇杯タイトルを獲得。2004年より浦和レッドダイヤモンズのコーチに就任。2008年3月16日オジェック契約解除にともない監督に就任、2008年シーズン終了後に退任した。2009年よりサッカー解説者となり、2011年10月からはモザンビーク代表監督に就任している。 |



